大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)1119号 判決 1984年9月20日

上告人

和田良二

上告人

齋藤皖資

右両名訴訟代理人

松尾公善

被上告人

藤山みち

被上告人

藤山稔

被上告人

細川典子

被上告人

藤山輝昭

被上告人

藤山隆昭

被上告人

太田いつ子

被上告人

藤山食品有限会社

右代表者

藤山稔

被上告人

平山みよ

被上告人

平山修一

被上告人

山田義一

被上告人

村主順二郎

右一一名訴訟代理人

横山唯志

太田雍也

被上告人

小菅辰雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人松尾公善の上告理由について

一被上告人藤山みち、同藤山稔、同細川典子、同藤山輝昭、同藤山隆昭及び同太田いつ子(以下「被上告人藤山みちほか五名」という。)が本訴において主張するところは、(一) 主位的請求として、(1) 野口きみは、昭和二一年六月一八日、上告人齋藤の代理人として、上告人齋藤所有の本件土地を藤山吉太郎に売渡した。(2) 仮に野口きみの本件土地の売渡が権限外の行為であつたとしても、藤山吉太郎には、野口きみに権限があると信ずべき正当の理由があつた、(3) 藤山吉太郎は、昭和三六年六月二一日、上告人齋藤を相手方として、前記(1)の本件土地の売渡を受けたことを理由に本件土地につき所有権移転登記手続請求権の執行を保全するため処分禁止の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を得て、同月二二日にその旨の登記を経由した、(4) たとえ上告人和田が昭和四四年二月一〇日に上告人齋藤から本件土地の売渡を受け、同年三月三日に条件付所有権移転仮登記を、同月二五日に所有権移転登記をそれぞれ経由したものであるとしても、右本件土地の売渡は本件仮処分決定に違反するものであるから、上告人和田は、藤山吉太郎に対し右売渡による本件土地の所有権取得の効力を対抗することができない、(5) 藤山吉太郎は昭和四六年一二月三日に死亡し、被上告人藤山みちほか五名が相続により藤山吉太郎の地位を承継した、(6) よつて、被上告人藤山みちほか五名は、上告人齋藤に対し、本件土地につき昭和二一年六月一八日売買を原因とする所有権移転登記手続を求めるとともに、上告人和田に対し、本件土地につき経由した前記(4)の条件付所有権移転仮登記及び所有権移転登記の各抹消登記手続を求める、(二) 予備的請求として、(1) 仮に前記野口きみの藤山吉太郎に対する本件土地の売渡が効力を生じないものであるとしても、藤山吉太郎において、右売渡によつて売渡当日本件土地の占有を開始し、所有の意思をもつて平穏かつ公然に善意であることにつき過失なく占有を一〇年間継続したか、又は仮に善意であることにつき過失があつたとしても占有を二〇年間継続したことにより、藤山吉太郎のために本件土地につき取得時効が完成した、(2) よつて、被上告人藤山みちほか五名は、上告人齋藤に対し、本件土地につき昭和二一年六月一八日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求めるとともに、上告人和田に対し、前記(一)、(6)と同旨の抹消登記手続を求める、というのである。

二原審は、被上告人藤山みちほか五名の右主張を判断するにあたり、(1) 野口きみは、昭和二一年六月一八日、上告人齋藤の代理人として、本件土地を藤山吉太郎に売渡したが、右売渡についての代理権を上告人齋藤から与えられておらず、単に東京都新宿区諏訪町所在の上告人齋藤所有の土地建物の管理、上告人齋藤に対する配給品の受領等をする限度で上告人齋藤を代理する権限を与えられていたにすぎなかつた、(2) 藤山吉太郎が本件土地の売渡について野口きみに代理権があると信じたとしても、そのように信じたことに過失があつたので、右売渡は、上告人齋藤に対して効力を生じなかつた、(3) 藤山吉太郎は、右売渡によつて売渡当日本件土地の占有を取得し、それ以後所有の意思をもつて本件土地の占有を継続した、(4) 藤山吉太郎は、昭和三六年六月二一日、上告人齋藤を相手方として、本件仮処分決定を得て、同月二二日にその旨の登記を経由した、(5) 藤山吉太郎において本件土地の占有を二〇年間継続したことにより、昭和四一年六月一八日、藤山吉太郎のために本件土地につき取得時効が完成した、(6) 上告人齋藤の代理人である坂井幸男は、昭和四四年三月三日、本件土地を上告人和田に売渡した、(7) 藤山吉太郎は昭和四六年一二月三日に死亡し、被上告人藤山みちほか五名が相続により藤山吉太郎の地位を承継した、(8) 本件仮処分決定は、昭和四九年三月一四日、被上告人藤山みちほか五名と上告人齋藤との間において仮処分異議事件の判決をもつて認可された、以上の事実を認定しているところ、右事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができ、その過程に所論の違法はない。そして、原審は、右事実関係に基づき、被上告人藤山みちほか五名は、藤山吉太郎のために本件土地につき取得時効が完成したことを理由に本件仮処分決定の効力を上告人和田に対し主張することができ、したがつて、被上告人藤山みちほか五名の上告人らに対する前記予備的請求は認容すべきものである、と判断した。

三ところで、前記原審の認定した事実関係のもとにおいては、本件仮処分決定は、藤山みちほか五名と上告人和田との関係において、前記二、(1)の売買に基づく所有権移転登記手続請求権を被保全権利とする処分禁止の効力を有しないものといわざるをえないが、前記二、(5)の取得時効の完成時以降は、時効取得に基づく所有権移転登記手続請求権を被保全権利とする処分禁止の効力を有するものと解するのが相当である。そうすると、被上告人藤山みちほか五名は、右時効完成後に上告人齋藤から本件土地につき前記二、(6)の売渡を受け登記を経由した上告人和田に対して本件仮処分決定の効力を主張することができ、したがつて、上告人和田は、被上告人藤山みちほか五名に対し右売渡による本件土地の所有権取得の効力を対抗することができないものといわなければならない。これと結論を同じくする原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎 矢口洪一)

上告代理人松尾公善の上告理由

第一点 原判決には亡藤山吉太郎が本件土地についてなした処分禁止の仮処分の上告人和田に対する効力(判決理由第六記載)に関し、民事訴訟法七五六条、同七四〇条の解釈を誤つた違法があり、この法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、原判決の要旨は、仮処分債権者亡吉太郎は昭和三六年六月二一日に東京地方裁判所八王子支部において本件土地につき処分禁止の仮処分決定を得て、同月二二日にその旨の登記を経由した。右仮処分決定は昭和四九年三月一四日に東京地方裁判所八王子支部昭和四四年(モ)七八一号仮処分異議事件の判決で認可された。右仮処分は亡吉太郎が仮処分債務者斉藤次六(同人は右発令時すでに死亡しており、のちに同人の相続人である斉藤皖資に更正された)から昭和二一年六月一八日売買により取得した本件土地の所有権に基づく移転登記請求権の執行保全を目的として発令された。右仮処分の本案訴訟である原判決は前記売買は無効であるが、昭和二一年六月一八日から二〇年を経過した昭和四一年六月一八日に本件土地の所有権を時効により取得したことを認めた。

原審は所有権の取得原因として本案訴訟上認められた時効取得は仮処分異議事件において現実に主張され判断されてはいないが、右時効の完成時が異議事件の口頭弁論終結以前に属すれば、取得原因は異つても、同一基準時(仮処分異議事件の口頭弁論終結時)における同一目的物に対する所有権に基づく移転登記請求権には同一性がある、従つて右仮処分の被保全権利は本案訴訟上その存在が肯定されたので、右被保全権利と抵触する仮処分債務者の処分行為(所有権移転とその登記)は無効である、よつて昭和四四年三月三日に所有権移転登記を経た上告人和田に対し、右仮処分の効力が及ぶ、というにある。

二、然しながら、原審の右判断は仮処分の効力に対する解釈を誤つた違法なものである。仮処分においては、その発令時(仮処分異議事件の口頭弁論終結時ではない)にいかなる構成によるにせよ、その被保全権利の存在することが、必須要件である。このことは仮処分の申請人は、仮処分の請求(被保全権利)につき疎明することを要し(民事訴訟法七五六条、同七四〇条)仮処分発令後の被保全権利の消滅、変更等が事情変更による仮処分命令の取消事由とされ(同七五六条、七四七条一項前段)又仮処分命令は発令と同時に執行力を有し、発令後の当事者の承継につき執行文の附記を要する(同七五六条、同七四九条一項)ものとされているのに徴して明らかである(大阪地方裁判所昭和三三年(ウ)第二九八七号損害賠償請求事件、昭和四〇年三月一〇日判決)。

三、原判決が本案訴訟上認めた時効による所有権は、本件における仮処分発令(昭和三六年六月二一日)後である昭和四一年六月一八日に発生したものであるから、右仮処分の発令時には、被保全権利は存在しなかつたものである(時効により取得した所有権の効力が、時効期間の起算点に遡るのは、法の規定によるもので、権利の発生とは異る。)然るに原判決は、仮処分異議事件の口頭弁論終結時を基準時として被保全権利の存否を論じ、且異議事件において仮処分債権者が何ら主張・疎明もせず(乙第一五号証)、したがつて仮処分債務者の反論の機会もなく、裁判所の審理、判断の対象とならなかつた権利について仮処分の効力を認めようとしている。異議訴訟における審理は保全命令の当否を改めて検討することであり、その判断は異議訴訟の口頭弁論終結の時点においてされるべきことは当然であるが、その認可判決は原決定が正しいことを承認するだけで、認可判決のとき新たに保全命令を発するものではなく、当該仮処分の効力は原決定の発令時に発生していることには変りがない。したがつて原決定の効力を原決定の発令後に発生した権利に及ぼすことは未だ存在しない権利を保全する結果となる。裁判所は、時効完成前に時効取得による権利について保全命令を出すであろうか。

四、原判決は取得原因の相違は同一基準における同一目的物に対する所有権、したがつてそれに基づく移転登記請求権の同一性を左右する理由とはならないと述べているが、仮処分申請には、被保全権利および保全の理由について疎明が必要であり、疎明については被保全権利に関し、単にその同一性を識別させるに必要な事項だけでなく、さらにこれを理由づける具体的事実(当該権利の発生・取得原因事実)の主張も要求されている。それはもつぱら保全手続が、仮処分債権者のために一方的な資料にもとづいて迅速な権利保護を与えるための制度であるから取得原因の相違が権利の同一性を何ら左右しないとは言い得ない。

仮処分において主張・疎明された権利と本案訴訟において確定した権利との関係について、判例はその請求の基礎の同一性という論理で仮処分の被保全権利と本案訴訟の訴訟物の同一の範囲を広く認める傾向にあるが、これについては、仮処分が仮定的・暫定的措置であり、そこでは同一権利の後行的確定を当然要請することから仮処分の際には何らの認定を経ていない権利のために既存の仮処分命令を流用することは不当との強力な反対説もある。しかし仮処分の流用に関する右論議はあくまでも仮処分の発令時に存在した権利に関するものであり、仮処分発令時には存在しなかつた権利についてまで仮処分の効力を流用するとの説はない。

五、原判決の解釈は、仮処分発令時に被保全権利の存在を必須要件とする制度の趣旨に反するばかりでなく、仮処分の本案附随性の趣旨を逸脱し仮処分に対応して考えられる被保全権利の範囲を不当に拡張すると共に、ひいては仮処分債権者に一方的に優越的地位を与える結果となる。

六、以上の如く、本件の仮処分はその被保全権利(売買による所有権に基づく所有権移転登記請求権)の存在が本案訴訟において否定されたと解すべきであり、原判決が右仮処分の効力を上告人和田に及ぼしたのは、民事訴訟法七五六条、同七四〇条の解釈を誤つたものというべく原判決はこの点において破毀を免れない。

第二点 <省略>

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